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2007年10月 藤田隆久氏 講演レポート

 さて、10月17日(水)に独立開業情報交換会が、新宿にて開催されました。今回のゲストスピーカーは、この方です。

エキスパート・リンク(株)代表取締役

藤田 隆久氏

 藤田隆久さんは27歳で経営コンサルタント(中小企業診断士 経営学修士)として独立された方で、支店城下町(大企業の本店が少ない)福岡という地で創業しながら、20代にて年収ウン千万円の収入を得た方です。私と同年代にもかかわらず、その経験、バイタリティ、人生哲学ともに私を遙かに凌駕される方です。そして、今のお姿が納得できる経歴をお持ちの方です。現在は過去の結果であるという言葉がありますが、藤田隆久さんの生い立ちを聞いて、その言葉がまず頭に浮かびました。成功すべきして成功している方という印象を持ちました。

 藤田隆久さんは大阪市でお寿司屋さんの長男としてこの世に生を得られました。地元ではなかなかの高級寿司店だったそうで、幼い頃から訪れる経営者を見て、経営者とはどんな人種なのか、肌で感じていたと言います。
 お一人で来店されカウンターに座る経営者は、寿司を握るお父上に、会社では誰にも言えないような愚痴や悩みを語りかけたそうです。そんな経営者にお父上は穏やかに言葉を掛けるのでした。すると経営者の顔に笑顔が戻り、寿司をうまそうにつまみ、また来ると言って颯爽と店を後にされたそうです。このお父上と経営者の関係が、現在のご自身のコンサルティングスタイルに大きな影響を与えていると、藤田隆久さんは言います。

 そんなお父上の姿を見て、藤田隆久さんは幼いころから商売や経営ということに非常に興味をもっていたと言います。中学生の頃にはテレホンカードのトレードをきっかけにビジネスを始め、大学入学時には1千万円を超す資産を形成されたそうです。中学生の頃から日経新聞やダイヤモンドを愛読していたそうです。そして、中学のころから、自分は将来絶対に社長になると、決意していたそうです。

 大学入学をきっかけに上京、当時板橋にお住まいのおじさんの家を訪問するようになります。そのおじさんが中小企業診断士として開業しており、おじさんとの会話の中で、中小企業診断士という存在に興味を持たれたそうです。ただ当時はまだコンサルティングになりたいという意識は無く、将来、社長となって会社を経営するのに、中小企業診断士の知識が役に立つだろうという程度の認識だったと言います。

 大学卒業後、1997年4月横浜国立大学大学院 経営学研究科(現:国際社会科学研究科)修士課程に進まれ経営学修士を取得されます。また、大学院在学中に中小企業診断士試験に合格されました。大学院卒業時にはMBAと中小企業診断士の知識を最も活かせる職業として、コンサルタントになることを希望していたそうです。

 卒業後、コンサルティング会社に入るための就職活動を始めます。3年経ったら独立するという宣言をしての活動にも拘わらず、数社の内定を得たそうです。その中で、コンサルティングと飲食店を同時に経営している、つまり理論と実践を両軸で行っている会社に魅力を感じ、その中堅コンサルティング会社に入社されました。ただ、その会社は福岡にありました。藤田隆久さんは就職の為に福岡に異動します。

 入社早々、理論と実践の内、実践の部分を担当させられ、いきなりあるサンドイッチ屋の店長に任命されたそうです。数ヶ月、試行錯誤の末前年比売上130%という結果を出したことを会社から認められ、新たな命令が下ります。それは、その成功ノウハウをパッケージ化して、フランチャイズとして売り込めというものでした。いきなり、フランチャイズシステムの開発兼営業部長となったそうです。そして、入社2年間までに一人で社の1/3の売上を上げる程になっていたそうです。

 2000年8月10日、入社して3年経ったので入社の時の宣言通り退社、経営コンサルタンとして独立します。8月11日から前職のお客さん以外に、名刺を配りまくったそうです。ポリシーとして前職のお客さんを引き継がなかったために、8月は様々な人のツテをたどって営業にあけくれました。にも拘わらず、自ら営業で回った中小企業から契約が取れることは一件も無かったそうです。全てのクライアントは、直接ではなく紹介だったと言います。

 前職の社長から、コンサルフィーは月20万円以下で受けるなという教えを受け、それを忠実に守ったそうです。本店が少ない福岡の企業には、月20万円という金額はかなりの負担でしょう。それでも前職で培ったフランチャイズ化を図るノウハウが評判を呼び、飲食業・サービス業を中心に顧客を増やしていったそうです。藤田氏は、ハートによって無から付加価値を創り上げることができる飲食業やサービス業が好きだと言います。

 一匹狼のコンサルタントとして、ある程度の成功を30代前半で成し遂げた藤田さんに、ある一つの疑問がよぎるようになります。それは、自分は社長になって多くの人たちと一緒にビジネスをすることが目標だったのに、気がつけば一人で行動し、人で稼いでいる。今の自分は本当に自分が望んだ姿なのか・・・と。

 2004年ごろ、東京に支店がある会社の支援の関係で、上京する機会が多くなっていました。そのとき、たまたま日経新聞で横浜市が都道府県・政令市では初の試みとなる株式公開(IPO)志向のベンチャー企業の支援業務にマネージャーを募集している募集広告を見つけます。それも、個人の募集ではなく法人として応募し3名を派遣という条件だったそうです。

 中小企業支援センターのマネージャーは、自らも中小企業支援を行いますが、支援センターに登録されている会計士、税理士、中小企業診断士、社会保険労務士等の中から支援先中小企業の特性や問題点に応じて、専門家を選出する仕事を主として行います。時には、複数人の専門家をコーディネートして、チームを編成することもあります。藤田氏は、複数の専門家をコーディネートして、チームで仕事をすることに魅力を感じたと言います。藤田さんは当時関係の深かった法人と提携し、マネージャーに応募します。その結果、藤田さんが参加した法人が受託し、藤田氏は全国最年少のマネージャーとなります。

 その後、多くのIPOを志向する中小企業診断士の支援を行い、2006年4月、事業の一部を移管する形でエキスパート・リンク株式会社を設立し現在に至りました。その他、関東学院大学経済学部講師、成長志向のベンチャー企業等の役員、顧問などに就任し、成長企業・IPO(株式公開)志向企業の経営支援を行っているとのことでした。

 藤田氏が自分の軌跡を語られる間に、仰っていた言葉で私の印象に強く残っているのは次です。

・今の専門家を見ていて思うことは、人としてのコミュニケーション能力がまだまだ不足しているように思う。独立してやって行くには、少なくとも前職の社員の中で、コミュニケーション能力がトップクラスにないと難しい。

・コンサルタントは答えを与える人ではない。主役は社員。社員からアイディアを引き出したり、押しこむスキルが必要なのは当たり前だが、あくまで社員が答えを創出できるように支援するのが仕事だ。そこを取り違えていないか。

・凡事なくして徹底無し。まずコンサルタントが当たり前のことを、当たり前のように実行できなければコンサルティングは不可能だ。挨拶していますか。お礼ちゃんと言えてていますか。謙虚に頭を下げていますか。そのことを忘れたコンサルティングや専門家が多すぎる。

・士業の決算書の販管費の中に、宣伝広告費はいくら計上されていますか。自分たちがも一サービス業ということを忘れ、自分をお客様に知ってもらうための宣伝広告に努力をしない専門家が多すぎる。

というところでしょうか。

 正直自らと比べて、ショックを受けました。森井義之先生がよく仰る言葉で「儲けるのは欲であり、儲かるのは信である」ということがありますが、この藤田さんには「信」が感じられるのです。ご自身の哲学を持っていらっしゃる。その哲学を信じたら、一気に行動する。その結果、若かさなんてことは関係なく結果が付いてくる。自分はどこかで、若さを言い訳にしていなかったか。自分はまだまだ信が弱い。そのことを思い知らされた会となりました。

<文責 大石幸紀>

2008年05月31日

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